昭和の冷蔵庫が“単ドア”だった理由 — 小さな箱に詰まっていた、時代の工夫 —

単ドアの冷蔵庫といえば、昭和の台所

昭和の台所に置かれていた冷蔵庫といえば、
白くてずっしりした“単ドア”タイプ。
扉を開けると、上の方に小さく「氷室」があって、
そこに金属製の製氷皿を入れて氷をつくったものだ。

今のような多機能・多ドア冷蔵庫とはだいぶ違うが、
この“単ドア”にも、ちゃんとした時代ならではの理由がある。

小型・省エネ・低価格が最優先だった

昭和30~40年代、電化製品が家庭に広まり始めたころ、
冷蔵庫はまだ“贅沢家電”だった。
だからメーカーはまず、
**「小さく、安く、壊れにくいこと」**を最優先にしていた。

複雑な構造にすると値段が跳ね上がる。
そこで生まれたのが、
**冷蔵・冷凍を一つの扉で賄う“単ドア構造”**だった。

仕組みをシンプルにすることで、
一般家庭でも手に入れやすい価格になったわけだ。

冷凍室は“小さな氷室”でよかった時代

昭和の暮らしでは、
今ほど冷凍食品を使う習慣はなかった。
当時の冷凍室は、氷やアイスをつくる程度で十分。
だから上部にちょこんと付いた小さな氷室で事足りていた。

単ドアでも問題がなかったのは、
食文化そのものが“冷凍に依存しない時代”だったからだ。

気密性の問題と「霜取り」の苦労

単ドア冷蔵庫の宿命ともいえるのが、
氷室の霜がすぐに分厚くなること。
あれは、扉を開けるたびに暖かい空気が入ってしまい、
氷室に水分が結露して凍りつくためだ。

性能を上げるには多層構造が必要だったが、
それではコストが上がる。
結果として、「霜取り」は昭和の家事の定番になったわけだ。

多ドアへ進化したのは“食生活の変化”がきっかけ

昭和50年代に入り、冷凍食品・まとめ買いが増えると、
小さな氷室では間に合わなくなった。
そこでメーカーは、
冷凍室を独立させた2ドア・3ドアへと進化させていく。

つまり、多ドア化は技術の進歩だけでなく、
暮らしそのものの変化が生んだ必然の進化だったわけだ。

今日のミニ雑学まとめ

単ドア冷蔵庫は「安くて壊れにくい」ことを最優先に作られていた

昭和の暮らしでは、小さな氷室で十分だった

単ドアは霜がつきやすいという弱点もあった

多ドア化は食生活の変化とともに進んだ

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